吹き抜ける風も暖かくなってきた皐月の侯…桜も散り地面が桃色の絨毯を敷き詰めた様に見え、木の枝には青々しい新芽が顔を出していた。

その日、律にとって特別な一日だった。

稽古場からけたたましく木刀のぶつかり合う音が響く。
稽古後に律と隼人…一対一での勝負…最近は30分くらい競り合って引き分けで終わるのだが、今日は違った。
小一時間程競り合うが、律も隼人もどちらも引かない。
普段と異なる雰囲気に、同じく稽古していた仲間達も静まり返り、固唾を飲んで見守っていた。


お互い汗だくで、肩で息をしながら間合いを詰めていた。少しの間沈黙が流れ…隼人の踏み込む気配を感じ、律は構えた。
疾風の如く切り込んでくる隼人の太刀を受け止めながら、最後の一太刀を受け横に素早く払い、律は隼人の利き腕を封じる為に肩口に木刀を振り下ろした。
が、そんな動きを見切っていたかのように隼人は頭上で木刀を受け止め、そのまま弾き返した。
隼人の勢いある力に押され、律はのけ反り飛ばされた。


相変わらずもの凄い力だ…あんな細身なのにどこからそんな力を出すのかといつも不思議に思う。

飛ばされた後律はすかさず体勢を立て直し、隼人に突っ込んでいった。
隼人は一歩下がり間合いに入って来る律に、横一太刀浴びせた。
それを瞬時に避け、隼人の真横に回り込みながら体勢を引くして下から切り上げた。隼人は攻撃を弾き返し、律の頭上に木刀を振り下ろし…

ガツンと木刀同士が激しくぶつかり合い、その場で動きが止まった。

律は体勢を引くしたまま、ぎりぎりと力のこもった木刀を受け止めた。
しかし…このままでは隼人の力に押し切られ…負けてしまう。

「さぁて…そんなキツイ体勢でいつまでもつだろうな、律」

ぎりぎりと木刀に力を込め、不敵に微笑みながら隼人が呟いた。
息を切らせながらも、まだこんなに力が残っているとは…流石だ。
ただ、律は負けられない。隼人に勝ちたい。勝たなければならない。今日というこの日…そう思った。

「…お前の…馬鹿力に、長くは耐えれる奴なんかいねー…よ!」

力のこもる隼人の攻撃を受け止めながら、噛み付くように律は答えた。その瞬間低く構えていた体勢を後方に引いた。
全身の力を木刀に集中させていた隼人は、律が後方に下がった事でがくんとバランスを崩した。


「!?」


力任せに振り下ろした太刀は空を切った。

一瞬、隼人の顔に焦りの色が垣間見れた。律は、その瞬間を見逃さなかった。隼人がとどめを刺そうと振り下ろす太刀をおもいっきり弾き返した。
木刀の先端を狙い弾いた事で、遠心力により木刀は隼人の手を離れ…回転しながら空を切り、


カランカラン…


静まり返り帰った稽古場に、木刀の転がる音だけが響き渡った。

「…痛っ…」

隼人は、木刀を弾き飛ばされた衝撃で利き手が痺れているのに気付いた。
そんな隼人の喉元に、律は木刀の先端を突き付けた。

しん、と沈黙の時が流れた。

隼人の額からひと筋汗が流れ…頬を伝い、顎先から滴がぽたりと床へ落ちる。

「…勝っ…た」

沈黙を割いたのは、律のやっと搾り出した声だった。
その声を待っていたかの様に、稽古場にいた仲間達がわぁっと歓声をあげた。ついに…ついに隼人に勝った。
律は隼人に木刀を突き付けたまま、隼人は驚く様子もなくその瞬間のまま止まっていた。

「全く…甘いな、お前は」

と不意に口走った隼人は、自分の喉元に突き付けられている木刀をいきなり掴み…ぐん、と引いた。

「なっ…」


律は、思いもよらず木刀を引かれて予想もしない動きにバランスを崩し、隼人にぶつかった。
ぶつかったのと同時に…隼人は律をぎゅっと抱いた。
そしてぼそりと呟いた。

「ちゃんと最後までとどめを刺さないとダメだ。…オレの首のへし折り、喉を潰すくらいな」

それくらい分かっている。だが、稽古だから一歩手前で止めた。
実戦では友でも身内でも、敵と見なせば容赦なく切り捨てる。情など必要のないモノ…
何度も何度も繰り返し当主の柾之様に叩き込まれた教えだ。

「んなの分かってる!それより暑苦しいからいい加減離せよ…!」

お互い全力で勝負したお陰で、体中汗だくだ。時折稽古場を吹き抜ける皐月の風が心地よいくらい。
だから暑苦しくて仕方がない…が隼人はまだ律から離れる気配はない。

「おい、離せ…」

「お前、強くなったな…安心したよ」

律は隼人から離れようとした瞬間、静かな声が肩口から聞こえた。

「オレが教られえる事はもう…ないな」

律からは隼人の顔は見えないが、泣いているように感じた。少し身体が震えているような…
俺は強くなりたかった。そしてすぐ目の前にいる強き友−隼人に勝つのも目標だった。早く強くなって、隼人に勝つ。
その目標が今達成出来た。今日というこの日…明日ではなく今日。

律は何故か明日が来る事に妙な胸騒ぎを感じていた。

今まで幾数年ここで過ごして来たが、初めてこんな風に感じた。だからどうしても今日隼人に勝ちたかった。

今思えば…隼人もいつもと何か様子が違っていたと思う。
隼人ばかりでない、周りの仲間達も…律自身も。

「っと、悪い!ついつい我が子を立派に育て上げた親の様な気持ちになって、感動しちゃったよ」

いろいろ考えていた律からぱっ。と離れ、隼人はいつの間にか普段の明るい声に戻っていた。
さっきは…泣いていたのだろうか。

「なにが親だ!お前なんかが親だったら生きていけねーよ」

と隼人のふざけた冗談に、律はいつものように反論してやった。
たわいもない事でふざけ合って笑う…そんな日々がいつまでも続いて欲しかった。続いて欲しいと願ったことがいけなかったのか−






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朱の絆−四−