-1章-data01:【cerbiatto】活発な子




はっ…はっ……

歴史を感じさせる建物がひしめき合うヨーロッパの古都市。
迷路のように入り組んだ裏路地を駆け抜ける人影とそれを追う複数の騒々しい足音。

「やっばー…バレてないと思ってたんだけどなぁ」

クーリエバッグを肩からかけ颯爽と走るその人影は路地裏をくねくねと風のように進んでいく。

「くっそ!逃げ足が速えーぞあいつ!!ウサギみてぇーにちょこまかしやがって」
「どこの組織の奴だ!?」
「違う、情報屋だろうあれ」

息を切らしながら必死に追いかける黒スーツに身を包む人物たちがターゲットを絞っていく。

「ちっ、しょーがねー!」


パン…パン!パァン!!


裏路地に乾いた銃声が響く。
汗を流し追いかけるのも苦しくなってきた黒スーツの奴らは銃撃で相手の動きを封じようという目論みのようだ。

「おっと…ヤバい!上に逃げるか」

なにやら追われている人物は跳ねるように走り抜けてきた足を急に止めT字路の右へ方向転換し、
奥のアパートの裏に置いてある大きい2つのダストボックスめがけて走ってゆく。
丁度そのダストボックスの真上にはアパートの非常階段が上へと続いている。

「フフ、街を知り尽くしてるオレを捕まえるなんて無理だね」

そう満足げに呟きダストボックスに手をかけると蓋の上にどっしり構えてるデブ猫が目を細めながらこちらを見ていた。

「やあ、ボス。今日もよろしく頼むよ!今度超うまい魚持ってきてやるからな」

そういうとダストボックスに上り軽やかに錆びついた非常階段を上って行った。
ボスとよばれた猫は尻尾の先をパタパタ動かしたまま「ニ゛ャーゴ」とドスの利いた太い声で鳴くと目を閉じ寝たふりをし始める。
しばらくするとスーツの奴らが息を切らしながらアパートの裏にやってきた。

「どこいきやがった…!」
「…!…もしやあの非常階段で上に逃げたとかじゃ…」
「いや、あれを使うにはダストボックスに上がんねーとダメだろ。見ろよ、あそこ野良猫がいる」

自分が噂されていると気づいたように、猫は目を閉じたまま「ブニャン」と小さく鳴く。

「それが何だよ」
「ダストボックスを急いで上がったりしたら普通驚いて野良猫逃げるだろが」
「なーるほど!じゃあこっちにには逃げてきてないってことだな!!」
「よし、左に行くぞ!!何としても奪われた【LeTT】を回収しないと俺たちがボスに始末されるぞ!!急げ」

バタバタと走り過ぎて行った奴らの背中を目を細めてゴロゴロのどを鳴らしながら猫が眺めていた。


今日は快晴。

「んー!気持ちいいー」

古い建物の屋根伝いに駆け抜けていると、澄み渡る青空と古の歴史が息づく街並み、そこに住んでいる人々の息遣いがとても肌に感じられる。

この瞬間が一番好きだ。
情報屋としてマフィアたちの情報をこっそり頂く。
もしバレれば殺されるかもしれないという命の駆け引き。
そんなスリルを感じて依頼を成功される快感は…自分が今ここで生きているという実感が特に湧くような気がした。

「さーて、そろそろ大丈夫かな」

しばらく走り建物の屋根と階段を器用に使いとんとん、と地面に降りた。
追手から逃げ切った人物はバッグからキャスケット帽子を取り出すと深く被り眼鏡をかけると、にぎわう人混みの中へ溶け込んでいった。

「おや、郵便屋さん今日は追いかけっこはしないのかい?」
「うん今日はもう終わったよー」
「昨日の荷物届けてくれてありがとね郵便屋さん!」
「いえいえ〜お孫さんとっても喜んでたよ」

人混みを行きかう中でたくさんの人に声をかけられる。
一応、表向きは郵便屋をしていて街の人たちには結構頼りにされている。
こうやって街の人たちとの関わりでより情報屋として情報を集めやすいし、追われても見つかりにくいのがいい。

そうこう世間話をしていると反対の通りをさっきのスーツの男たちが必死に走り抜けていったのが見えた。
未だに情報を盗んだ情報屋を探しているようだ。

「(バーカだなぁ…オレここにいるのに)」

クスクスと笑いをこらえながら賑わう大通りを抜けてとある場所へ向かった。


だいぶ日が傾いてきて肌に感じる風も少し冷えてきた。

大通りから少し離れたところの角に「cerbiatto(チェルビアット)」活発な可愛い子という名の小さな古本屋がある。
店のウィンドウには古びて黄ばんだブロンド美女のセクシーなポスターが微笑みかけている。
あまり街の人たちには利用されてなさそうな古本屋…だが実は情報屋のギルドが本来の役割なのである。

カランカランと入り口の扉を開きドカドカと中へ踏み入る。

「はいー依頼完了!」

ホコリとカビくさい店の中は乱雑に古本が並べられていて到底キレイとは言い難い。
1階の中央にレジがあり中二階に本棚がずらりと並ぶ。

「戻ってきたかラヴィンツェ。危なかったんだってな〜」
「違う!オレがわざと見つかってやって逃げられるかのスリルを楽しんでただけだっつーの。ほらよ」

レジ机に乗りかかりくつろいでる店主らしき中年の男がラヴィンツェをからかいながら差し出されたモノを受け取った。
受け取った手紙の封筒のようなものに細い電子コードを差し込みレジのPCにデータを読み込む。

この世界の情報は【LeTT】という手紙型にデータを具現化して持ち運びしている。
しかし単に情報を「形」にしているだけなので普通の手紙のように封筒を開けて中を読むなんてことは出来ない仕組みである。
そして専用のコードに差し込んで情報を読み込まない限り中の情報を見ることは不可能であり、
無理矢理、封を開けようとすると自動的にその情報は消去されるようになっているのだ。

一般の郵便物や国家機密などもこの【LeTT】にてやり取りされていて世界中に普及している。


「ふーむ、確かにキングストンの【LeTT】だな。よくやったラヴィ」

データの中身を確認して満足したのか情報を持ってきたラヴィンツェの頭をわっさわっさ撫でる。

「やめろよ、ルーベン!ウザい!!これぐらいの任務超楽勝だし」
「いいじゃないか、我が子の活躍を褒めたってー。てかウザいとかいうなよぉ…父さん泣いちゃうぞ」
「子ども扱いすんなよ!てか…あんたは父親じゃない、情報屋としての師匠なだけだ…!」

そう言うラヴィンツェを横目にため息をつきながらルーベンは少し悲しい瞳をした。

「まだまだ若いのぅ、反抗期か?ラヴィよ父親じゃなくてもお前をここまで育ててくれたのはルーベンだろうよ。親ってのはいつまでも子供のことを心配するもんじゃ」

そんな声と共に奥の本棚からぬるりと老人が現れた。

「メル爺いたのかーいるならいるって言ってくれよ、幽霊かとおもっちまうだろ?」
「やかましいわい。ここは元々わしの店じゃ昔はわしも情報屋としてバリバリこなして…」
「あーはいはい昔の武勇伝はもう何度も聞いて耳にタコだからから遠慮しとくぜ」

静かにルーベンとメル爺の会話を聞いていたラヴィンツェが突然大きな声を上げる。

「オレはもう一人前だ!こうやって危険な依頼だって問題なくこなしてるし、裏でも結構名を知られる情報屋だ!!
身寄りのないオレを育ててくれたことは感謝する。けど、オレはもう一人で生きていくって決めたんだ!」

その声に店内はしんと静まり返った。

「…わかってる。お前はもう情報屋として一人前だ。俺から教えることはもうない。ただ心配なだけだ」
「だからオレは…!」
「お前はマフィアの本当の恐ろしさや残忍さを知らない。知らないからこそもしマフィアになんかに捕まったら…
死んだ方がマシだと感じる屈辱を与えられそれでもギリギリ死なないような残虐な苦痛を味わうことになる。そんな目に大切な人が遭うなんてご免だ!!!」

反抗するラヴィンツェの言葉を遮りルーベンは声を荒げた。
普段はマイペースで適当な性格で怒鳴る姿なんてほとんど見たことがなかったラヴィンツェは驚いた。

「…悪い。まぁお前が親だと思ってなくても俺はお前を育てた者の責任として心配しているってわけだ」

自分でも声を荒げてしまったのを反省するかのようにルーベンはいつもの冗談交じりで話し始めた。

「……わかった。あんたに心配かけないようにする。だからオレのことも認めてよ。あんた程の腕にはまだまだだけどオレだって自分の仕事に責任と誇りを持ってる。だから…」

ルーベンの思いを感じ取ってラヴィンツェも静かに自分の思いを伝えた。

「おうおう、それでこそ俺の自慢の息子だ!もう可愛いなぁー」
「キモッ!離せよ変態!!」

久しぶりにラヴィンツェとじっくり話せてルーベンはぎゅうぎゅうと抱きつき嬉しさを体いっぱい表現する。
その愛情がしつこ過ぎて嫌がるラヴィだがルーベンへの感謝の気持ちはなくしたことはない。だが素直にうまく伝えられないのだ。
それに自分自身独りでいることが運命なのかと思っていた。誰かの思い、誰かとの繋がりがあればあるほどそれを失った時の辛さは計り知れない。
それならば独りで生き独りで死ぬ方が楽。寂しさなんてはとうの昔に忘れ去った気がする…

「いい加減っ…暑苦しい!!!てか世間話はもういいから、早く報酬よこせよ。疲れたから早く帰りたいんだって」
「なんだよ冷たいなぁ〜恥ずかしがり屋だもんなお前は。へいへい、報酬な。こういうところは俺に似てしっかりしてるんだよなーほらよ」
「似 て な い!」

我が子の可愛さにデレデレする父親のように話しながらレジ台の一番下にある金庫から報酬を出しラヴィンツェに渡した。
皺くちゃな札束とどっしり詰まってる硬貨が入る小袋。結構な金額だ。

「さすがキングストンの情報となると報酬額スゴイね。あ…だけどコインは重くてかさばるからいいや」

札束だけは鞄に入れ、硬貨が詰まっている袋はルーベンへ返した。

「こらーダメだぞ、ラヴィ。お前がクリアした依頼なんだからちゃんと受けとらないと。そうじゃなきゃ俺が貰っちまうぞ〜」
「別にいいよ。ここ少しでもキレイにしたら?それかあんたいつも同じ服だから違う服でも買えば??」

いつ任務が来てもいいように身軽でいたいってのもあって、普段から硬化の報酬は邪魔になるだけだし返していた。
だけどルーベンへの少しでも恩返しになればという思いも少しある。
多分ルーベンも気付いているんだろう。

「マジか!父さんにお小遣いくれるのかー!なんて優しい息子なんだ…って違っ!!同じ服じゃなくて一張羅ってもんだよ。何種類もあるんだよ、この服…!」
「あーはいはい。じゃ、また依頼来たら連絡してよね」

これ以上絡むと面倒くさいと察したラヴィンツェは用事を済ませ古本屋を後にした。

「あ、コラ!気をつけろよー…って行っちまったか。まったく…」

最後まで話を聞かずに出て行ったラヴィンツェの後姿を見送り、はぁーとため息をつく 。

「随分、ラヴィに執着してるのぅ。昔は裏でマフィアたちと対等に渡り合った伝説の情報屋であるお主が今では息子溺愛の親バカに成り果てたなんて聞いたら昔の同僚らはそれはそれは驚くだろうよ」

傍でラヴィンツェとルーベンのやり取りを眺めてたメル爺が呆れた様子で口を開く。

「親バカで何が悪い。あいつの成長を見てきたのはこの俺だ…それに」
「あいつは俺にとって特別なんだ」

そう静かにルーベンは外を眺めた。


back<<